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■ひとりさん通信 第四刊(2014年6月)

      2015/05/20

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ひとりさん通信 第4刊 機械朗読

特別企画
「ストーリー占い特集!!」

※画像をクリックすると大きい画像が見られます。



[出典:笑顔堂さん]
http://egaodo.net/index.html

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今月のひとりさんのお話

「まるかん」とは、「幸せな人をつくる会社」です。

 今回は、改めて「まるかん」という会社は、どういう会社なのかをお話しますね。
「まるかん」という会社は、サプリメントや化粧品を販売するだけでなく、「幸せな人をつくる会社」だと思っています。

 人は、幸せになるために、体と心の「健康」が欠かせません。
体が健康でなければ、仕事もできないし、仕事をしたとしても続かないので、お金も入ってきません。

 また、心が暗くジメジメした考え方では、友達もできないので、寂しく、孤独になってしまいます。
すぐにケンカになったり、トラブルになることが多いので、人間関係も悪くなる一方です。

 ですから、「健康でいる」ということは、仕事の面でも、お金の面でも、人間関係の面でも…すべての面で幸せになるための「条件」だと私は思っています。

 さて、健康でいるためには、どうしたらいいでしょうか? 健康でいるためには、「健康のしくみ」を知ることです。

 人の体は、「肉体」と「心」でできています。「肉体」は、「栄養のバランス」で成り立っています。その人の体にあった栄養を食事から摂るのが理想的です。万が一栄養のバランスを崩してしまった場合、いまの時代、サプリメントで補うのもひとつの方法だと思います。

 もちろん、具合の悪い人は、お医者さんと相談しながら行うといいですよね。

 さて、「心」ですが、これは「ストレス」というものが大きく関わっています。
「ストレス」があると、心がくもって(汚れて)しまい、その人が本来持っている、やさしさや愛情、魅力や才能が十分に発揮できなくなってしまうと私は思っています。

 「ストレス」を軽くするために、まるかんでは「無料カウンセリング」というものがあります。
「ストレスを減らす考え方」を教えてくれるので、その考え方を知れば、いつでも自分でストレスを軽くして、心をほっとラクにすることができると思います。

 また、私は「占い」というものに興味があり、昔から、手相・人相・運命学といろいろな占いを私なりに研究してきました。

 その結果、まったく新しい「ストーリー占い」というものに到達しました。

 この世には、いろんな「占い」がありますが、人を怖がらせたり、おどかしたりする「占い」は、ひとりさんは好きではありません(笑)。

 「占い」とは、その人の心を明るく楽しい方向へ導くもの、「占い」をきっかけに人生が好転していくことが理想だと私は思っています。

 「まるかん」の「ストーリー占い」は、ご希望の方に、その人の過去・現在・未来を無料で占うものです。
これは、「まるかん」で認定された「ボランティア・カウンセラー」が『無償の愛』で、その人の幸せを願いながら占ってくれるものです。

 特にいま、「ストーリー占い」を受けて、「ものすごく感動した!」という喜びの声が続々と届いています。
「いままで受けたことがない占いで、ピタッと当たって、びっくりした!」とか、「ずっと苦しかった心が、ほどけるようにラクになった!」とか、「どうして、誰にも言ってこなかった私の気持ちがわかるの!」と、受けている最中に涙を流す人もたくさんいるのです。

 そういう体験談を聞くたびに、「これは、最高の人助けになるな」とひとりさんは嬉しく思っています。
 それなので、今回の「ひとりさん通信」は、「ストーリー占い」の体験談特集にしようと思いました。
 ひとつひとつ、すぱらしい体験談です。
 どんな人にもあてはまるものがあると思うので、楽しみに読んでくださいね。

↓実際のストーリー占いの画像(クリックすると大きな画像になります)

みんなの「ストーリー占い」の体験談をお話します!

あまりに当たるのでびっくりした!
受けてすぐに涙があふれて止まらなかった…
受けた後、人生が驚くほど好転した!

お金の問題も、息子のひきこもりも、
すべては「ストーリー占い」が解決してくれた

※この話を聞いて「何かの宗教」だと思わないで下さいね。一人さんは「宗教」とはまったく関係ありません。

自己破産して、六畳一間で家族4人が雑魚寝する生活に

 僕たち夫婦は、いま富山県で、まるかんのお店「表佳代若返り対策研究所」をやっています。

 一人さんの「ストーリー占い」と出逢い、お客さんに無料のボランテイアでやってあげるようになってからというもの、本業の商売がびっくりするほどうまくいくようになりました。

 この「ストーリー占とは、その人の過去・現在・未来に渡って占うものです。
それが『人生のストーり!」のように現れ、いきづまった人生の道をぐんぐん開いてくれるのです。

 僕たちのお店は「ストーリー占い」をはじめてから不思議と成功するようになり、なんと、ひと月に3千万円もの売り上げを出すことができました。
念願のマイホームを建て、まっしろいベンツも買うことができました。

 こんなにすぱらしいことが起きるなんて、僕たち夫婦にとって「想像もしなかった奇跡」としか言いようがありません。

 なぜなら、僕たち家族は、人には言えないような「事情」を抱えていたから…。
昔のええかっこしいの僕なら、いまからお話するようなことは絶対に隠していたことでしょう。
しかし、あえて今回は、「ストーリー占い」のすごさを証明するために、みなさんにお話したいと思います。

 僕の両親は、僕が生まれる前から商売をしていました。
当時、両親の会社は景気が良くて、僕は何の苦労も知らずに育ちました。
学生時代は、正直、女の子にもよくモテました。なんと女子生徒のあいだで、僕を隠し撮りした写真が売られていたこともあったくらいなんです(笑)
とにかく、幸せな日々を送っていました。

 そして18歳のころ、妻の佳代に出逢いました。出逢ってすぐに結婚し、子どももすぐに生まれました。
僕たち夫婦は20代前半で二人の息子の親となり、すべてが順風満帆でした。

 ところが、そんな毎日が一転する出来事がやってきました。
両親がやっていた会社か、突然、倒産したのです。
息子の僕も保証人としてハンコを押していました。
両親の作った負債が、銀行に何千万円あり、それ以外にも、親戚に多額の借金がありました。

 当時の僕たちには、とうてい返せる額ではなく、もう「自己破産」をするしかありませんでした。
自己破産すると、自宅も車も、持っているものは、すべて手放さなくてはなりません。

 僕たち家族は、住むところがなくなり、佳代の実家のおぱあちゃんが住んでいる古い『長屋』のようなところに転がり込みました。
6畳間に家族4人が雑魚寝し、そこで生活する日々が始まったのです。

 僕は人生初の「挫折」に、立ち直れないほどショックを受けました。妻の佳代にも、子どもたちにも申し訳なくて…
親戚にも、友人にも、世間にも、顔向けできないほど恥ずかしくてたまらない…。
「いっそこの世から消えてしまえたら、どんなにラクだろう…」と思ったくらいです。

 しかし、佳代は、そんな中でも笑顔を絶やさず、日曜日も祝日も、休みなしでくるくると働いていました。
「きっと、どうにかなるちゃ!もうすぐ、私たち家族を幸せに導いてくれる『人生の師匠』のような人が、出てくるような気がするんやよ」。
そんなふうに、真剣なまなざしで言って、僕に笑いかけるのです。

 僕は、佳代の言うことは、「ただのなぐさめ」だと思って聞いていました。しかし、佳代の言うことは本当だったのです。
僕たちの『人生の師匠』となる、一人さんとの出逢いが、この後に待っていようとは…。
そのときの僕は思ってもみませんでした。

朝から晩まで、休みなしに働いても生活はちっともラクにならない

 僕は、親戚の紹介で鉄工所に勤めるようになりました。
重い鉄材を持ち上げる仕事をぶっつづけにやっていたら、腰痛がひどくなり、まともに歩けないほどの痛みに苦しむようになりました。

 そこで、自分の腰を治すために、マッサージを習い始めました。
マッサージの先生を見つけて、佳代と二人で、一生懸命習い、夫婦でマッサージ業を始めることになりました。

 朝から晩までマッサージの仕事をして、日曜日も祝日も働いても、生活はちっともラクになりません。
当時、長男は3歳半、次男は1歳半でした。
幼い子どもだちと遊んでやる時間もとれず、寝るときぐらいしか、かまってやることができなかったのです。

 サラリーマンの友だちが、日曜日や祝日に、家族を動物園や遊園地に遅れて行くのを見て、どこにも連れて行ってやれない自分の家族が不憫でたまりませんでした。「両親の会社さえ、倒産しなければ…「佳代はなんで僕みたいなヤツと結婚してしまったんだろう。まるで苦労を背負うために結婚したみたいだ!」そんなふうに両親や自分を責めては、どうしょうもなくイライラし、僕の心は爆発寸前でした。

 ある日、ふらっと入った本屋さんで一人さんの本を見つけました。
「中卒で社会に出て、裸一貫で、納税日本一になるまで成功した人がいるんだ…。すごいな!」。
本など、まともに読んだことのない僕にも、一人さんの教えはわかりやすく、スーツと心に染み入るように入ってきました。

 僕は心の中で、「この人だ!」というファンファーレが鳴ったような気がしました。
佳代が言っていた「僕たちを幸せに導いてくれる『人生の師匠』とは、この斎藤一人さんに違いない…」。
そんな不思議な直感がビンビンきて、体全体に鳥肌がたったのを覚えています。

 僕は、一人さんが作っているサプリメントが飲んでみたくてたまらなくなり、すぐに「まるかん」のお店に行き、サプリを買って飲み始めました。

 すると、あんなにひどかった腰痛か、ウソのようにぴたっとなくなってしまったのです。
そして、一人さんのサプリを飲んでいると、朝から晩までがむしやらに働いても、ちっとも疲れることがありません。
「一人さんが作ったものは、すごいサプリだ!僕のお客さんにも飲ませてあげたいなあ…」

 当時、僕たちが習っていたマッサージの先生から、お客さんには別の健康食品を勧めるように言われていました。
でも、どうしても一人さんのサプリを飲ませてあげたい…。
僕たち夫婦は、一人さんのサプリを、こっそり別の容器に入れ替えて、お客さんに渡したりもしていました。

 そのうちにマッサージの先生から独立できるようになり、まるかんのお店「表佳代若返り対策研究所」として、堂々と仕事ができるようになりました。
本当に嬉しく、晴れ晴れとした気分でした。

 しかし、そんな僕たちに、「もうひとつの試練」が待っていようとは、思ってもみませんでした。

黒いマニキュアをつけ、
部屋にひきこもる次男
不登校になり、暴れるように

 僕たち夫婦には二人の息子がいますが、下の息子が中学1年のころから、突然、言葉や行動に、変化が現れるようになりました。

 小学校までは素直で甘えん坊で、動物が大好きなやさしい子でした。

ところが、中1途中から、部屋のカーテンを閉めきって、まっくらな部屋にひきこもるようになったのです。
朝は起きてこないで、何をするでもなく1日中ボーッとして、学校にはほとんど行かなくなってしまいました。

爪には真っ黒のマニキユアを塗り、髪を金髪に染めて、佳代に対して、「おめえ、うざってえんだよ…」などと、ひどい言葉を言って、暴れたりします。
佳代は一人さんの教えを学んでいたので、ニコニコと笑顔のまま、「そんなひどいこと、言わんでよ…」と息子に明るく返していましたが、内心はかなり傷ついていたようでした。

 僕は、やさしかった息子が、なんで突然変わってしまったのか、考えてみてもまったくわからず、ショツクでした。
しかし、とにかく両親が一生懸命働く姿を見せていようと、いままでどおり、毎日、楽しく働くようにつとめました。

 そんな僕たちが、いよいよ「ストーリー占い」と出逢う日がやってきたのです。

ストーリー占いで
「自己破産を経験した意味」
がわかり涙が止まらなかった

 ある日、富山を旅行している一人さんが、旅の途中で僕たちの店によってくださり、僕と佳代に「ストーリー占い」をしてくださることになりました。

 僕は一人さんの前に、ガチガチに緊張しながら座りました。
一人さんは、「緊張しなくていいよ。ラクにしていな」と微笑みかけ、「この『ストーリー占い』は、弘純くんの過去・現在・未来のことが『人生のストーリー』のように現れるんだよ。弘純君の運勢が良くなって、ますます道が開けるといいね」と心に響くような声で説明してくださいました。

 そして、占いが始まりました。
あまりにもピタリと当たるのと共に、体全体が心地よくなって、ふんわりと毛布をかけてもらったように癒されている感じがしました。
なんだか、ありがたくて、ありがたくて…。始まってほんの1分ぐらいで、僕の両目から、涙があふれるように流れ出ました。

 そして、「ストーリー占い」を受けて、ハッキリわかったことがあります。

 いままで僕は自己破産をしたことを「恥」だと思ってきたけれど…、それは、一人さんや仲間たちと出逢い、「ストーリー占い」を広めていくための「お試し試験」だったのです。

もし、僕が自己破産をしなければ、僕は苦労知らずの「お坊ちゃん育ち」のままでした。
そんな僕では、たとえお店を持ったとしても、苦労した人や傷ついている人の気持ちを思いやり、ともにいたわりあうことができません。
僕が人の痛みをわかるようになるために、自己破産は『最高の修行』だったことがよくわかりました。

 そして、佳代も一人さんから「ストーリー占い」を受け、涙ぐみながら大感激していました。
「この『ストーリー占い』は、とんでもなくすごいよ。いままでのどんなものよりも、人助けになるちゃ。私たちの店のお客さんに、すぐにやってあげよう。息子たちにもやってあげようよ!」。
佳代は興奮しながらそう言っていました。

「お母さん、またコレやって」
占いを受けた息子の様子が
その日から、変わりはじめた

 僕と佳代は、一人さんにやってもらった翌日から、お店で「ストーリー占い」を始めました。
お客さんたちも、『占いなんて…』、当たるのかねえ」「なんで健康食品のお店なのに、占いなんかやるんかね?」と最初は半信半疑でした。

 しかし、受けた人が「これは、すごいものだね!」と口々に言ってくれるようになりました。

「私がずっと心にひっかかっていたトラウマが、たった20分間の占いで、すっごくラクになった!」と喜んでくれる人もいれば、中には、受けている最中に、感激のあまり、泣き出してしまう人もいます。
受けた人のロコミで、「ストーリー占い」は、どんどん広がっていったのです。

 そして、僕たちの店にはお客さんがあふれるようになり、気が付いたら、月の売り上げが1千万を超えるようになっていました。
それでも止まらず、最高金額3千万もの売り上げが上がるようになったのです。

 そして、佳代はお客さんだけでなく、息子たちにも「ストーリー占い」をやり始めました。

 はじめ次男は、「占いなんて、そんなアヤシイもの受けねえぞ!」と固くなに拒否していました。

 しかし、佳代が、「この占いは、いまのあんたに必要な言葉が、ぴったり出てくるんよ。
あんたのことを上から目線で叱ったり、悪く言ったりする言葉はひとつも出ないから、安心しられ(富山方言で「安心しなさいよ」の意味)。
受けたくなったら、お母さん、いつでもやってあげるちゃね」と笑顔で醤ったのです。
無理強いせず、次男の方から受ける日を待ちました。

 すると、ある日、とうとう次男は、自分の部屋から出てきて、おっかなびっくり佳代の前に座りました。

 佳代が占いをやりはじめると、次男はじっと目をつむり、体をラクにして、気持ちよさそうな様子で受けていました。
そして、占いが終わると、「なんかオレ、気分がラクになったよ。お母さん、またコレやって」と息子の方から言ったのです。
これには僕たちも、びっくりしました。

 その日を境に、なんと次男の様子に変化がみられるようになったのです。
家族とジョーダンを言って笑いあうシーンも増えました。

 次男が中学2年になると、なんと、休みがちだった学校に、自分から進んで、毎日行くようになりました。
「中学1年のときに休んでいた勉強を教えてくれる「特別学級」に通ってみるちゃ。
お父さんとお母さんも、がんばってきたもんな。
オレも、自分ができることをがんばるちゃ」。
ちょっと照れながら、そんなことを言ってくれるようになりました。

 次男は今年、中学を卒業し、清掃会社の面接を受けて合格しました、「老人ホーム」などを掃除して、きれいで心地よくすることに全力を尽くしている様子です。
先日、初任給をもらってきたので、「これで何を買うの?」と聞いてみたら、「うん、これでね、母の日のプレゼントを買ってあげるんだ…」と次男。
そんな次男のやさしい言葉を聞いて、佳代は感激のあまり、泣き崩れていました。

 まさか「ストーリー占い」をやってあげたことで、部屋にひきこもり、暴言を吐いて暴れていた次男の様子が、こんなに変わるとは思ってもみませんでした。

 自己破産して、ゼロからスタートした僕たちですが、いまは貯金もできて、マイホームやベンツも購入でき、息子たちもそれぞれ元気に毎日を過ごすようになりました。
お店では、よいお客さんに囲まれ、最高に幸せな日々を過ごしています。

 僕たちは、一人さんという『人生の師匠』に出逢い、「ストーリー占い」をしてもらわなければ、今よりずっと不幸な道を歩いていたことでしょう。
こんなに幸せにしてもらったのだから、こんどは僕たちが、ひとりでも多くの方にご恩返しする番です。
僕たちは、一生無料のボランティアで「ストーリー占い」をしていきます。
もし、何かに悩んでいる方がいたら、どうぞ、遠慮しないで、いつでも「ストーリー占い」を受けに来てください。
心からお待ちしています。

「母が自殺した…」という苦しみが
「ストーリー占い」でようやく消えた!

「母は自殺したんじやない…」
そう思わないと、やりきれなかった

 僕はいま栃木県で「斎藤一人さんのまるかん みんなのお店」をやっています。
お店のお客さんたちは、ものすごく仲が良くて、僕のことを『みんなのアニキ的な存在』という思いを込めて、「ヒッキー」と呼んでくれています。

 僕は「ヒッキー」と呼ばれるたびに、「よーし!今日も、目の前にいる人を、全力で幸せにしていくぞ!」という気持ちでいっぱいになります。

 おかげさまで、僕のお店は今年で4店舗に増え、たくさんの人の応援のおかげで、最高で月2千万円もの売り上げを出すことができました。

 周囲の人は、僕のことを「いつも元気いっぱいで、頼りになるアニキ」だと思ってくれているようです。

 しかし、こんな僕でも…、実は誰にも話したことのない「苦しみの体験」があるんです。

 このことは、思い出すたびにしんどい気持ちになるし、考えれば考えるほど、胸が押しつぶされそうになる出来事でした。
もう15年以上も、僕の中で、「トラウマ」となっていた出来事です。

 この「トラウマ」から僕を救ってくれたのが、一人さんが教えてくれた「ストーリー占い」でした。
今回は、「ストーリー占い」のすごさを知ってほしくて、勇気を出して、当時のことをふり返ってみようと思います。

 実は…、僕が29歳のときに、僕の母は亡くなりました。
「自殺」ということでしたが、僕はそれを受け入れることができませんでした。

 当時、母は『パーキンソン病』を患っていました。
『パーキンソン病』というのは、体の神経が徐々に麻痺していく難病で、治す手段がなく、「不治の病」といわれています。

 母は病院で、症状を軽くする薬を出してもらっていましたが、その薬は副作用が強くて、薬を飲むとかなりの「被害妄想」が出ていたようです。
母を看病しようとする人に対して、「あの人、私のことを殺そうとするのよ!」と震えながら言ったりしていたので、母の心の中は常に、恐怖と不安があったのだと思います。

 それでも治療を続けていましたが…、ある日、家族が留守のあいだに、自宅マンションの15階から飛び降りてしまったのです。

 母は飛び降りたとき、キッチンのテーブルには、きれいなランチョンマットがひかれ、母が大好きなチーズケーキと紅茶が用意してありました。
母は、これからお茶でもしようと思って、いそいそと準備をしていたのでしょう。

 そんな用意までしていたのに…。
なぜ、ふいに飛び降りてしまったのか、僕にはまったく理解ができませんでした。

 警察で何を聞かれても、知らせを聞いた親戚に泣かれても、葬儀の準備をしなくてはいけなくても…、僕は「母の死」が信じられず、夢でも見ているような気分でした。母の最期が「自ら死を選んだ」という結末なのかと思うと、悔しくて、悔しくて、やりきれなかったのです。

 僕は夜中に、ひとりで外に出て、天に向かって大声で叫びました。
「お袋は、自殺なんかしたんじゃないよね。洗濯物でも干そうと思ったら、めまいがして、ベランダの柵から落っこちちゃったんだよね。ホントにおっちょこちょいなお袋なんだから…。ね、そうでしょ、神さまっ」。

叫びながら、涙が後から後から頬をつたってゆき、夜空の星がぼやけてゆきました。
星が静かにまたたくのを見ながら、僕だけでも、そう信じていようと思いました。
また、そう思わなければ、当時の僕は生きていけなかったのです。

こんどは妻が「アルコール中毒」に!
妻の看護に追われていたら、
会社をクビになってしまった

 母が亡くなった後、僕自身の悲しみはなかなか癒えませんでしたが、そのほとぽりも覚めないうちに、次の試練が訪れました。

 当時、結婚していた妻が、僕の母が自殺したことを「私のせいよね…」と、自分を責めるようになったのです。
僕たち夫婦と母は同居していて、妻と母は、母が自殺する日まで、わりと仲良く暮らしていたのです。

 妻は、胸に抱えた苦しみを、お酒の力で癒すようになりました。
僕の目を盗んでは、毎日、浴びるようにお酒を飲むのです。

 妻はお酒を大量に飲むと、発狂したり、暴れたりするようになりました。
狂ったように「死ぬ~!あたしも死ぬ~!」と叫びながら、ガラス窓を素手でたたき割り、血まみれになって倒れていたりもしました。
僕があわてて、救急車で病院に運ぶと、「アルコール中毒」だと診断されました。

 この日から、こんどは妻の「アルコール中毒」との戦いが始まったのです。

 妻は、僕が勤務中であろうと、大事な会議の最中であろうと、職場におかまいなく電話してくるようになりました。
そして、電話に出ると、「私、いまから死ぬから…。お義母さんが自殺した責任を、私がとってあげるから…」と、自殺をほのめかすのです。

 僕は当時、サラリーマンをしていたのですが、妻が自殺を口にするたぴに、「妻も、お袋と同じように、マンションから飛び降りてしまうのでは…」と、どうしょうもなく不安になりました。そして、仕事はそっちのけで、あわてて家に帰り、妻の顔を見るまでは安心できませんでした。

 欠勤や早退がたぴ重なるようになり、僕の勤務態度が職場で問題視されるようになりました。
そしてある日、会社の上司から呼び出され、「今日限りで、君をクビにするから…」と突然、言い渡されたのです。

 僕はガクゼンとしましたが、心のどこかに「これで、ずっと妻のそぱにいてやれる…」というホッとした思いもありました。

 しかし、そんな僕に追い打ちをかけるように、さらなる試練が待っていたのです。

妻が浮気して、「ひとりぽっち」に
母親も、仕事もバートナーも失った

 僕が会社をクビになった次の日、なんと、驚くようなことが起こりました。
 妻が、「私、この家を出て、オトコのところに行くから…」と出て行ってしまったのです。
僕はまったく気が付きませんでしたが、なんと妻は「アルコール中毒」を患いながらも、他の男と不倫をしていたのでした。

 僕は母親を失い、職も失い、さらには妻も失い、本当に「ひとりぽっち」となったのです。

 ふと気が付くと、家の中は、家族が誰もいない「底なしの静けさ」に満ちていました。
僕はいままで「家族のために…」と奔走してきました。
しかし、ひとりぽっちになったいま、何も「生きがい」にするものがないし、朝起きても、会社に行く必要もないのです。

 僕は1日の大半を、布団の中で過ごすようになりました。
何も食べたくないし、外にも出たくない。たとえ、このまま餓死したとしても、僕が死んだことにすら、誰も気がつかないでしょう。

 そんなとき、玄関のポストの方で「カタン!」と音がして、何か郵便物が届けられたのを感じました。
のろのろと布団からはい出して、ポストを見てみると、僕の親友からの「お届けもの」だったのです。
包みを開けてみると、「この本は、すごくいい本だから、読んでごらん」というメモと共に入っていたのが…、なんと一人さんの『ツイてる!』という本だったのです。

「ツイてる!」と言い始めた日から
僕の「逆転劇」が始まった!

 本など、まったく読む気のしない僕でしたが、親友のススメもあって、パラパラとページをめくってみました。
そして、パッと目のとまったページに、こんな言葉があったのです。

 「どんなときも『ツイてる』と言っていたら、本当に『ツイてる人間』になれます。
そして、ずっと『ツイてる』と言い続けていたら、その人の抱えている悩みは消えてしまうでしょう」。

 僕は思わず『ツイてる』と声に出して言ってみました。
こんなサイテーのどん底状態で、布団の上に座って、『ツイてる』なんてマジメに言っている自分がおかしくなり、なぜだかゲラゲラ笑いがこみあげてきました。

 僕はひとりで吹き出しながら『ツイてる!』『ツイてる!』と何十回も言い続けてみました。
すると不思議なことに、激しい空腹を感じ、ごはんが食べたくなりました。
家にあったお米を炊飯器で炊いて、冷蔵庫に残っていた佃煮と梅干しでごはんを食べると、なんだか、とても美味しい(笑)こんなどん底の状態でも、「ごはんが美味しいI」と幸せを感じられる自分がいるのです。

 そして、外にも出てみたくなりました。
「ツイてる、ツイてる!」と言いながら家の周りを散歩して、帰ってみると…。
そこには、驚くようなサプライズが待っていたのです。

 いつ届けられたのかわかりませんが、なんと僕の家のポストの中に、「まるかんの特約店募集!」のチラシが入っていたのです。

 僕はすぐに、まるかんの本部に電話をかけ、特約店になることを申し出ました。
僕が運よく(?)失業中だったこともあり、事がとんとん拍子で運び、僕はあっというまに、一人さんの特約店になれたのです。

 僕は心の底から「ツイてる~っ!オレって、つきまくりだ!」と叫びました。
「どんなときも『ツイてる』と言っていたら、『ツイてる人間』になれるのです」という一人さんの言葉は、まさに真実だと思いました。
そして、この『どん底』の状態を救ってくれた、一人さんという人に、どこまでもついていきたいと思いました。
この日から、僕の「逆転劇」が始まるようになるのです。

「ストーリー占い」で、
「母の死」の意味を知る

 僕はまるかんの特約店として仕事をするようになり、生まれてはじめて『自己重要感』(自分もみんなも大切な人間だ…という気持ち)が満たされたような気がします。

 商売の経験がまったくない僕が、一人さんの楽しい教えを、ただそのまんま、お客さんに伝えるだけで…、お客さんはものすごく喜んでくれる。
「ヒッキー、心がラクになったよ。一人さんの楽しい教えを、伝えてくれて、ありがとうね」。そんなふうに、僕にまでお礼を言ってくれる。
こんなに人から必要とされ、感謝され、充実した気持ちを味わったのは、生まれて初めての経験でした。

 ある日、一人さんと東北のある県で、お逢いすることができました。
 一人さんは、僕の顔を見るとすぐに、「あのね『ヒッキー。『ストーリー占い』っていうのがあるんだけど…。ヒッキーに、やってあげたいんだよ」と言うのです。

 僕がめんくらったような顔をしていると、一人さんはにこやかに言葉を続けました。

「この『ストーリー占い』っていうのはね、生きている人だけじゃなく、亡くなった人のことも占えるんだよ。名前を言うと、その人に必要なメッセージが出てくるんだ。その言葉を、亡くなった人は、天国で聞いているんだよ。それでその人の気持ちがやすらいで、幸せな気持ちになれるんだよ」

 一人さんの言葉を聞いて、僕はハッとしました。僕がずっとしたかったこと。それは亡くなった母を癒やすことでした。
「一人さん、ぜひ、亡くなった母を占ってください!」
僕は緊張も忘れて、きっぱりと一人さんに申し出ました。

 すると、一人さんは、「お母さんの名前を言ってくれるかな?」とおっしゃったので、僕は「ooooです」と母の名前を言いました。

 すると、ひとりさんは静かに目を閉じながら、「じゃあ、はじめるよ」と、僕がじっと見守る中「ストーリー占い」をしてくれたのです。

 占いが始まると、まるで一人さんは、生前の母のことを知っているかのように、母にぴったりの言葉が次々と出てきました。
息子の僕でしか知らないような、母の真実の人生が、過去・現在・未来のストーリーになって、語られていくのです。

 そして、そばで見ている僕の体が、なぜかフワーっと気持ちよくなり、幼い頃、母に抱かれているときのような心地いいぬくもりが僕を包みました。
「あ、いま母は、僕のそばにいるんだ…」そんな感覚が、僕にはハッキリ感じられたのです。

 占いが終わった後、僕が心の底から感じたのは、「母の死は寿命だった」ということです。
母は、人生を途中で放り出して、逃げた…というわけではないのです、母が生まれたときから、その日に亡くなることは決まっていたのだと思います。

 そして、母は、僕にとても大切なメッセージをくれました。
それは、「母のように苦しんでいる人を、一人でも多く助けること。それが僕の使命だ」ということです。
そのために、母は命をはって、僕に最期を見せてくれたのです。

 僕はそのことがわかったとき、はじめて自分の中で『母の死』を受け入れました。
母が亡くなる日まで、母と過ごしたすべての思い出が、「大切な宝物」だと改めて思えました。

亡くなった人とは、
また来世で必ず逢える!

そして、「ストーリー占い」は、もうひとつ、僕を勇気づけてくれました。

 それは、来世で、必ず母に逢えるということ、一人さんの楽しい教えで「人は、何度も、何度も、生まれ変わる。生まれ変わるたびに、心のステージをあげていく。家族や親友や仲間など、縁の濃い人とは、必ずまた来世でも逢えるんだよ」という言葉がありますが、まさに、そのことを示すような言葉が、「ストーリー占い」でハッキリと出たのです。

 母は、肉体こそなくなりましたが、いつも僕のことをずっと空から見守っている。
僕が真剣に働いているのも、ちょっとさぼろうとしているのも(笑)、みんな見ていてくれている…。
そう思うと、母に恥ずかしい生き方はできないぞ…と、改めて思いました。

 一人さんは最後にこう言いました。

「ヒッキー、この『ストーリー占い』を覚えて、ボランティアでやってあげてほしいんだ。いろいろな人を助けてあげるんだよ」。
 僕はその夜、夜空を見ながら、天国の母にそっと伝えました。

「お袋、よううやくわかったよ。お袋は、めいっぱい生きたんだよね。お袋はすごくすごく、がんばったんだよね。お袋、オレのことを生んでくれて、ありがとう。オレは、お袋の死をムダにはしないよ。最高の師匠、一人さんの教えで、一人でも多くの人を幸せにするために、これからの人生をささげていくからね」。
夜空の星はまるで「それでいいんだよ」とうなずくように、キラキラとまたたいていました。

「私、死にたいんです…」
と言う女の子に
誠心誠意をこめて
「ストーリー占い」をやった

 僕はその後、愛する女性と出逢い、再婚しました。
そして、いまは妻と息子と共に、幸せに暮らしています。

 店に行けば、たくさんのお客さんに囲まれ、相談を受けたり、『ストーリー占い』をやったり、それはそれはもうにぎやかな毎日です(笑)「オレは、ひとりぽっちなんだ…・」と、布団の中で孤独を味わっていたころの自分が、いまとなっては、信じられないような日々です。

 ある日、僕のお店に、ヒトミちゃんという女性のお客さんがやってきました。
ヒトミちゃんは「うつ」を患っているそうで、「私、毎日、死にたくてたまらないんです…。本当のことを言うと、今日、飛び降り自殺をしようと思っていたんです…。でも、たまたま彼氏が私の様子が変なのに気が付いて、このお店に連れてきてくれたんです…」と泣きながら話してくれました。

 僕は、ヒトミちゃんの話を聞いているうちに、母の声が聞えたように思いました。
「英明、ヒトミちゃんは苦しいんだよ。ヒトミちゃんを助けてあげて…」。
そんな声が耳元でしたように感じたのです。

 僕はヒトミちやんに笑いかけました。

「ヒトミちゃん、いままで苦しかったね。でも、もうオレのところに来たから大丈夫だよ。オレは全力で、ヒトミちゃんを助けるからね」。
そう言うと、誠心誠意をこめて、僕はヒトミちゃんに「ストーリー占い」をやりました。

 占いが終わると、真っ青だったヒトミちゃんの顔が上気して、うっすらピンク色に変わっていました。

「たった20分間の無料の占いで、こんなに気分がラクになるなんて、信じられない。私、いろんな薬を飲んでも、いろんなカウンセリングを受けても、ぜんぜん良くならなかったのに…。こんなに明るい気分になれたの、何年ぶりかなあ?」。

ヒトミちゃんは笑顔を見せながら、そんなふうに言ってくれました。
そして、「ヒッキーさん、私、また来ていいですか?また、「ストーリー占い」をやってほしいです!」と明るい声で帰っていきました。

 このヒトミちゃんはいま、どうしていると思いますか?僕の店は現在4店舗で営業しているのですが、その中のひとつの店舗の店長さんに、なんとヒトミちゃんがなってくれているのです!

 毎日、かいがいしく働いて、元気にスタッフに指示を出しているヒトミちゃんを見て、「私、死にたい…。今日、自殺しようと思ったんです…」と泣いていた女の子だと、誰が思うでしょうか?

 人は誰でも、人生で「とてつもなく苦しいとき」があるものです。僕も、そうでした。ヒトミちゃんも、そうでした。

 でも、「人を助ける側」にまわることで、その人の運勢が変わり、本当の意味で幸せになれる。
人を助け、人に喜ばれることで、自分ではどうしょうもないトラウマや傷が、癒やされていくこともあるのです。
僕にそのことを教えてくれたのは、まぎれもなく、一人さんでした。

 いま苦しくて、「死にたい」と思っている人。

 親御さんやお子さんを突然亡くして、その途方もない悲しみがまったく癒えない人。
もしそんな方がいたら、ワラをもすがるような気持ちで、「ストーリー占い」を受けにきてください。

 まるかんには、僕と同じ思いの仲間が、全国にたくさんおります。
みんな、誠心誠意、『無償の愛』で、あなたに「ストーリー占い」をさせてもらいます。
どんなことでも遠慮なく、お話くださいね。

どんな話をされても、僕たちは驚きません。
だって、僕たちも、たくさん、たくさん傷ついて、「ストーリー占い」に助けられてきたのだから…。

 いつでも僕たちは、最高の笑顔で、あなたが来てくれるのをお待ちしています。

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